素晴らしき製本

 印刷インキ工業連合会、印刷インキ工業会 会長 川村 喜久様

--工業会とDICグラフィクスをご紹介ください

 工業会は、印刷インキに係わる生産、環境、安全、健康衛生についての調査、国内の自主規制の制定や会員各社への情報提供などを行っています。会長としては、主に総会など各種会合への出席、毎月開かれる理事会で時々の課題を検討して方向性を決め、そのあとは部会で活動してもらっています。

DICグラフィックスが属するDICグループは、112年の歴史をもつ世界最大のインキ会社です。当社は、そのDICグループの国内インキ事業を担っています。印刷インキ事業は、創業時より続くDICグループのコア事業であり、今も世界トップシェアで市場をリードしています。

DICグラフィックスの設立は、同業のザ・インテック(株)と合併した2009年です。元々は1908年創業の川村インキ製造所であり、2004年に100周年を記念して現社名に変更しました。

社名については、1982年からの社名「大日本インキ化学工業」の方が知名度は高かったのですが、近年の事業はインキ以外に拡がっているし、中国の「大日本」への反発という海外事情もありました。またカラーチップでお馴染みのディックとせずディアイシーとしたのは、海外では俗語になるからです。ちなみに社名変更前は、インキ事業は全事業の20%程度に減り、海外分も入れて連結すると50%でした。

そんなわけで社名変更をして、広告等で認知度アップを進めてきましたが、簡単にはいかず、未だに「大日本インキ」の方が知名度が高いです。同じグループ企業の大日本印刷さんには、「DNP」に社名変更しないほうがいいですよと言っています(笑)。

私は1991年入社ですが、これまでずっとインキをやっていた訳ではなく、海外赴任も含め、インクジェットや液晶など様々な事業を経験。今の国内インキ事業をやるようになってからは6年程です。

 DICグラフィックスの会長としては、古くからの長いおつきあいのお客様へのトップセールスということで、全国各地へ出向いて行くことが多いですね。

 現在、当社の新聞インキのシェアは4割くらいでしょうか。オフセット印刷インキも今トップだと思います。印刷関係の会社に頑張ってもらわないといけない市場ですが、需要そのものが減少していますからなかなか難しいですね。印刷より製本はもっと大変でしょうが、とくに本はなくなりませんから、それほど悪くならないかも知れません。しかし、電車で新聞を読む人を見かけなくなりましたね。ちなみにオフセットの新聞インキは、ピークに比べて半分になっています。

 印刷インキ工業連合会、印刷インキ工業会 会長 川村 喜久様

--本の魅力や価値はどうお考えですか

 あらゆる分野の本を読みますが、美術・工芸とか芸術全般が特に好きです。実は、美術本としての本が好きで集めています。デザイン性の高い装丁の本は美しく、眺めるだけでもいいですよね。あれはもはやひとつのアートです。文庫本とか新書は、古本屋さんに売ってしまうのですが、美術本は手放せないコレクションです。国内・海外の展覧会へ行き、展覧会の特集の本は入手しています。ですからストックがすごい!大きくて重く、スペースを取るので大変ですが、価値があると思ってとっておくんです。

 本そのものが芸術性を帯びるというか、そういうのがいいですね。本の装丁なんか、もっと飾って美しくしたらいいですね――それは製本の分野ですよ。知り合いの製本会社の社長にも、もっと芸術性を高めてほしいと言っています。紙質も大切だけれど、デザインなどを極めた本なら、置いておくだけで美しく、手にとりたくなる本なんていいじゃないですか。

 製本の今後の可能性のひとつとして、そういう方向性を考えてみるのもいいんじゃないですか。例えば、初版1万部のうち1000部は、そういう装丁デザインで特別誂えをする。もちろん値段は上がるがそれでいい。例えば村上春樹などの人気作家の本であれば先着何人とかだけ特装にするとか、殺到するんじゃないかな。“モノとしての本の中身に、付加価値をつける”ということですね。

--お好きな本、印象に残る本をお聞かせください

 中国の古典が好きですね。例えば『四書五経』など中国の古典。ああいうのが人生の岐路に立った時に結構役に立つというか、心を整え、考えが整理できることがある。会社に入ってから、いろんな困難にぶつかった時に、幾つかの解決を導き出してくれました。もちろん、日本にも立派な思想家はいるが、やっぱり東洋思想ですね。

 一番好きなのは「荘子」かな、希有壮大でとてもいいです。やっぱり中国の古典はすごい。易経などは約4000年前にブラックホールの存在を言い当てている。全ては宇宙の道理で回っているんです。道理をはずしてはいけない。道理をはずしてしまうと生きられない。実践できているかどうかは別、学びと実践は別ものですから(笑)。

--電子ブックについてはいかがですか

 全く使わないです。紙の本は、マンガ以外は何でも読みますね。寝る前に読む習慣です。何もなければ1~2時間、会食でどんなに遅くなっても2~3ページは読んで寝ます。

 週刊誌をパラパラ見られるdマガジンは入れているが、ほとんど見なくて、電車の中吊りをチェックしたりしています。でも、とにかく書籍は一切、電子ブックでは読みません!

あれは思考が浅くなるし、記憶に残りません。もちろん、インキ業界だから紙がいいと言っているわけではないですよ。紙はすぐ折れるし、パラパラとすぐ戻ったりできるし、それをタブレットでやったら大変ですし。

 確かに省資源という観点からは電子化がいいのでしょうね。私も一時期、ペーパーレスにトライしてみたが駄目ですね。全部iPadに入れてみたが、全然駄目。マメじゃないとできない(笑)。

 本は反射型メディアであり、スマホやiPadなどの透過型メディアに対抗するには、感性に訴えるという手法しかないと思います。もう中身では勝負できません。確かに本の方が、記憶の定着率がいいとか、思考を深めるといったものもあるけれど、それよりも、今の若い人は利便性を求めるから、それだったら感性へ持っていくのがいい。また、子供達にも絵本を読ませないといけません!

iPadでは駄目で、親御さんは、紙で印刷された絵本をちゃんと読ませなきゃいけない。

ネットをはじめAIやロボットなど、大きく変化する時代にどう対応していくのか。印刷会社などでも、新しい方向へシフトしているところもある。お客様にいただいたデータを再加工して提供するとか、いろんなプロモーションやマーケティングに生かしたりしています。新しい領域が拓ける印刷業に対し、製本業は難しい面があるかもしれません。でも、ニーズのある自費出版の需要を取り込むとか、写真集をつくるとか、先程述べたキレイな装丁で付加価値をつけるなど、他にはない製本の技術を使って、新しい需要への努力ができるかもしれません。

 印刷インキ工業連合会、印刷インキ工業会 会長 川村 喜久様

--今後の方向性についてお聞かせください

 当社は元々インキの会社ですが、オフセットと新聞の市場は縮小しているので、粛々と生産調整などもやっていかなければならない。しかしリキッドインキの方は伸びているので、今後更に力を入れていきます。

 リキッドとは、グラビア・フレキソ印刷用インキおよび接着材・コーティング材などのことで、パッケージ関係、建材などが用途です。日用品、タバコ、製缶、化粧品や食料品などのパッケージですね。

とくに今後期待されるのはフレキソで、それは環境にやさしいからですが、思ったほどには出ていない。再現性がグラビアに比べるとよくないから、印刷品質に厳しい日本人は満足しない。今のグラビアパッケージと大々的に代替えできるかといえば、そうとは言えないでしょう。

 印刷インキ工業連合会、印刷インキ工業会 会長 川村 喜久様

--環境対応も大きなテーマと聞いていますが

 そうですね、今後のことで言うなら、あとは環境対応でしょう。需要が伸びない中にあっても、成長するためにどういう方策をとるべきかを考えるとしたら、全く市場が存在しないうちに画期的新製品を作り出すしかないでしょうけれども、実際は中々そんなに簡単ではありません。あとは、メガトレンドを追っていく、“世界はゼロ化”の方向ですからね。貧困ゼロ、飢餓ゼロ、格差ゼロ、ハラスメントゼロ、CO2ゼロ、プラスチック廃棄物ゼロ、フードロスゼロなどなど。ゼロを目指して世界人類は向かっているわけで、一朝一夕に達成できるわけではないけれど、このような世界課題を我々の印刷インキの分野でどう解決できるかを考えなければならないです。

 例えば、フードロスは結局、賞味期間や消費期間を伸ばせたら少なくなってくる訳だし、そのための包装材料、接着剤とかコーティング剤とかいったもので解決するとか。CO2問題だって、プラスチック廃棄物の問題も、燃焼させるとCO2を出すので、欧米から言わせると、日本でやっている燃焼とかリサイクルってちょっと違うんですよ。やはりプラスチックを使わないという方向性なんです。

 基本的に全部が全部、印刷インキで解決できる話ではありませんが、世界的な社会課題の解決に向けて、我々が担える一翼はしっかり担っていくということ。我々の工業会もそうだし、会社でもそれを考えていきましょうということです。

 工業会でも、そうした議論をしているし、メッセージも発信しています。各社さんでどういう対応ができるのか、それぞれで画期的な新製品開発ができれば、当然、他社さんも追従するでしょうから、業界全体として、いい意味で切磋琢磨して、開発競争をして、結果としていい方向性を示していけるのではないでしょうか。

--本日はありがとうございました。