素晴らしき製本

第7回インタビュー 日本図書設計家協会会長 宮川 和夫 様
日本図書設計家協会会長 宮川 和夫 様

--装丁家になったきっかけを教えていただけますか?

装丁家になる前は、広告制作会社で広告などのグラフィックデザインをやっていました。『広告』はある時期が過ぎればなくなってしまう、いわば消費されるものといえます。続けているうちに、作ってはなくなってしまうという仕事が刹那的に思え、「残る仕事」をしたいと考えるようになりました。本が好きだったこともあり、本を創る仕事をやりたいという思いから方向転換しました。

広告の制作の場合は、ディレクターがいてコピーライターがいてカメラマンがいて・・・と、複数の役割を担う人がいて完成しますが、本のデザインは著者の原稿があれば、それを本に仕立てる作業は、自分一人でも完結できる仕事。全てをコントロールできるというのも魅力でした。

本というのは、実際に手に取った時に、重さ、大きさ、印刷、製本、そういったものが全て情報として、手や目から伝わってくるんですよね。あるいは新刊って、インクの匂いがしますよね。古くなるとかび臭くなったり、変色したり。本当に人間臭いものだなと思って。そういったところにとても親しみが湧くんです。

--日本図書設計家協会について教えてください。

図書設計とは、「装丁・装画から印刷・造本までを含むブックデザイン」のことで、日本図書設計家協会は、現在、会員約230名のブックデザインに関わるクリエイターが加入する団体です。この仕事は、個人で営む人が多いので、作品の発表の場を設けたり、情報を得られる機会や交流の場を設けたりと、いろいろなメリットを提供していますが、中でも装丁家・装画家の権利関係、著作権をはっきりさせたいというのが設立の一番の理由です。

協会では、外部に向けて図書設計の啓蒙活動にも取り組んでいます。最近は、図書館からも様々なオファーがあって、図書館という多くの本がある場所に、さらに本の展示をするとか、装丁のワークショップをしたり、講演を依頼されることもあります。会員が携わった本を集めて、原発事故の被災地である、福島の浪江町と南相馬の図書館に寄贈したり、塩尻市の図書館で「手塚治虫を装丁する」展の巡回も行いました。また昨年は日比谷中央図書館で、当協会副会長が講演をしましたし、僕も個人的な依頼ではありますが4月に、鹿児島で装丁の話をしてきました。内容は、『世界で一番美しい本を作る男』という映画の上映にあたってトークショーをしてもらえないかという依頼です。

『世界で一番美しい本を作る男〜シュタイデルとの旅』という映画はご存知ですか?世界一美しい本を作る男=シュタイデルのもとに、アラブの大富豪など世界の名だたる人々から、いくらかかってもいいから納得のいく本を作ってくれというオファーが来る。砂漠の中にトレーラーがダーンとあって、そこで打ち合わせをしていたりして。それを追ったドキュメンタリーなのですが、この映画に出てくるような本は、究極のパーソナルなものです・・・。またその一方で、本はシステム化されていて量産されるものでもあるんですよね。

これからの本というのは、いわゆる大手の出版社が大量に作って売る本と、個人や少数の本当に欲しい人にだけ届ける、小量でこだわりのある本とに別れるのではないかと思います。いわゆる自費出版のスペシャル版のニーズは確実に増えていると思います。もちろんきちんと利益があがるビジネスモデルを作らなくては駄目ですが・・・
あ、話がそれてしまいましたね(笑)

--普段のお仕事の中で、製本会社との接点はありますか?

装丁の仕事で、われわれの日常的な接点は編集者なんです。そして出版社(版元)が印刷会社や製本会社をセレクトするんです。ものすごくこだわった本だと、この会社にやってほしいと印刷会社や製本会社を指定することもありますが、普段は印刷会社に行って、刷り出し立ち会いをするくらいが精々で、製本会社とはほとんど接点がありません。

出版社によっても、本を作る過程がずいぶん違っていて、装丁家は、色校チェックはもとより、紙材全般から花布・スピンまで選びますが、「色校はこちらでチェックします。紙材・花布・スピンは全て決まっています」というところもあります。

ですので、出版社はルーティンで仕事をやって行くと、いくらお金がかかるというのが、パッパッパッと出てくる。そして時間も、工程もきちんと管理できる。だけどイレギュラーな要望が入って「そのために・・・」ということになると、果たしてそこまでこだわってどれだけ利益が上がるのか・・・という話になってしまいがちです。

それでも、少しでもいいので「遊び」というか「面白いもの」を世に出して、人々に物としての本の感動と、中身とをマッチングさせて問うということをやれたらいいですね。そういうことをやりたいという編集者は少なからずいると思うんですが。そういうスペシャルな本の企画のためには、製本会社さんとの接点は必須ですよね。今までそれが少なかったのが不思議なくらいです。

--今回シナジー委員会とコラボされた『製本ノチカラ展』いかがでしたか?

日本図書設計家協会会長 宮川 和夫 様

いろいろな製本会社の方々とお付き合いさせていただいて感じたのは、製本会社の皆さんの職人気質ですね。最初は「うーん」と渋い顔をされるんですが、「これは難しいですか?できないですかね?」というと「やる!」といって、チャレンジしてくださる。どうやったらよくなるかって、すごく考えてくださるんですね。私たちのアイディアをなんとか形にしよう、応えようとしてくれる、本当に職人だなと思って感動しました。製本の量産のためにどんなにシステマティックな工程になっても、そういうところは継承してDNAを残していっていただきたいですね。技術がなくなるということは、そこで歴史が途絶えるということです。日本人は貴重な技術を、わりと容易く無くしてきたという歴史があるので。

私たちの発想を製本会社のみなさんの技術力で具体化し、それで儲かると本当は一番いいんですけれど・・・なかなか現状は厳しいですが、これから大量から小量の時代に変わると何か可能性が出てくるかもしれませんね。

--お持ちいただいたその赤い本はどんな本ですか?

個人的にイラストレーターと組んでつくった本を持ってきました。『RED』というまっ赤な本です。1冊ずつ、R:ロマンティック、E:エロティック、D:ドラマティックという3部作になっていて、全ページに手描きのイラストレーションを2000枚以上描いてもらっています。僕が卒業した武蔵美の基礎デザイン学科のOBが、毎年1回「カラーパーティー」という展示をするんですが。このときテーマが「RED」だったんです。だから、当時仕事でお付き合いのあった印刷会社の方に、「ちょっとこういう物を作りたいんですけど」と頼んで、竹尾さんにも紙を協力してもらって。ただただ分厚いまっ赤な本を作ったというわけです。

展示が終わった後で、「何かもっとできないかな」と思い、知り合いのイラストレーターに「ちょっとこの中に、絵を描いてみませんか?」と頼んで、それで2年半ぐらいかけて1ページずつスミで描いてもらったんです。イラストレーターやデザイナーは、これがまず手描きだということにびっくりします。これひとつも下書きがないんですよね。テクニックもさることながら、世界観が素晴らしい。このイラストレーターも、今では売れっ子になっています。

これを展示していた時、欲しいという人が現れたんです。いくら払えますかと聞いたら20万円くらいならと、でもそれじゃあ売れないし、元々売る気ないし(笑)。

最初は単なる赤い本だったものが、20万円でも欲しいと思う価値が生まれてきたわけです。

近い将来、紙の本って段々かけがえのないものになって行くんでしょうね。今みたいにたくさんは出回らず、欲しい人にだけひっそり、なんてね(笑)。それで我々は食べていけるのか。そこが問題です・・・。

--最後に、電子メディアのお話を少し。電子メディアについて、どうそれに対応していくかというのは、何かありますでしょうか?

日本図書設計家協会会長 宮川 和夫 様

ひとつは、協会として取り組んでいるというか、考えとして言いますと、紙の本をまず作って、それを電子化する際に、ジャケットのデザインをそのまま無断で使うということはやめてほしい。そういう要望書はあげています。あとは当協会を始め、東京イラストレーターズ・ソサエティ(TIS)や日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)などと一緒に、美術著作権連盟(美著連)という団体に加盟し、様々な権利問題に取り組んでいます。具体的な例としては、我々の働きかけにより、国立国会図書館で「原装コレクションの構築(装丁を全部残した書籍の収集・保存)プロジェクトが立ち上がりました。これは従来本の保存において、ブックジャケットが外されていたものを、それも含めて「書物」であるというという主張を行い、認められたという画期的な取り組みです。

今後電子化される本ということで考えると、資格を取るための本などの、いわゆる情報の価値で売る本などは、電子書籍化がどんどん進んでいくのでしょうね。あとは辞書とか。僕はいまだに紙の辞書を引いてしまうんですが、うちの子どもたちは、紙の辞書自体を持っていません。学校でも、高校に入学した途端に、電子辞書を買わせますから。

生まれた時から携帯やスマホに慣れている人たちが、大人になった時にどうなるのかというのもありますね。うちの長女は、今大学4年なんですが、まあ本を読まないです。もうスマホばっかり。インターネット社会というのは、欲しい情報をすぐ入手できるという利便性の反面、その中だけで完結し、分かったつもりになってしまう危険性があるように思います。それだけではないもっと深いものを、自ら探して見つけ出す能力が欠けてしまうような気がします。

紙の本のある場所、つまり書店とか図書館という「知の森」をもっともっと彷徨う楽しさを知って欲しいなあ。

今後、電子書籍がどんどん広がっていくと、さらに世の中はドラスティックに変わるんじゃないですか。われわれもそうですが、紙の本で飯を食っている人たちは、やはり怖い。死活問題ですからね。

でも、今回の製本ノチカラ展で、まだまだ紙の本には可能性があるということが認識できましたので、皆さんと一緒に、より創造的なチャレンジをしていきたいと思います。