素晴らしき製本

第3回インタビュー 東京都製本工業組合 理事長 大野 亮裕 様

--長らく紙・印刷・製本に親しんでおいでだと思いますが、その価値とか魅力みたいなものなどを、製本会社の経営トップとして、また製本組合の新理事長として、いろいろなお立場でお話いただければと思います。子供の頃、本や製本について心に残っていることはありますか?

子供のころから、学校が終わると家業であった実家の手伝いをずっとやっていました。2~3人からのスタートで機械も1台もなくて、全部手作業で人手不足だったので、中学校、高校、大学と学校が終われば家の手伝いをしていました。働いた分は多少お小遣いはもらっていましたが(笑)。

大学卒業後はすぐに会社に入ってしまいましたので、子供の頃からほんとにずっと製本三昧の生活です。

子供の頃は仕事でやらせていただいていた『少年ジャンプ』とか『少年マガジン』が、ただ(無料)で発売日の前に読めてしまうというのは楽しみでしたね。

大学を卒業してからでも43年以上。子供の頃から考えたら大変な年期です。ほかに行く余裕がなかったですね(笑)。会社の寮があって、私も寮住まいで、三食とも社員みんなと一緒に食事をする・・・そういう時代でした。東北から中学校を卒業したばかりの子が上京して来たり。まさに社員と寝食を共にしてという感じ。私とずっと一緒にやっていた社員たちが、もうみんな60歳過ぎてきている。そういう時代になってきていますね。

--二葉製本さんではどんなお仕事が多かったのでしょう?

当社は長らく大手出版社さんとお取引いただいており、ほとんどが雑誌の仕事。それも週刊誌が多かったのでそれはもう時間との戦いでした。ピーク時には『少年ジャンプ』が650万部、『少年マガジン』も470~480万部ほど販売されていたものですから、当時は当社もその2誌で1週間に140万冊の製本をしていました。予定の刷り本が半日ずれたり、1日ずれたりもざら。それでも納期は変わらないので、時間との戦いになるわけです。部数が多い本は複数の製本会社で製本するので、出版社の人と一緒に夜、印刷会社の工場にトラックを横付けして刷り上がるのを待っていて、製本会社同士で刷り本の取り合いでしたね。発売日をずらすわけにはいかないので、みんな必死ですよ。いま思うと、あの頃は本当に時間との戦いで1日30時間欲しいと思うこともありました(笑)。今とはもう全然様相が違いますね。

--電子書籍もいよいよ今年がホントの元年と言われていますが、電子書籍市場をどのように見られていますか?

まだまだ助走の段階ですよね。今どんどん立ち上げてはいますがまだインフラ整備が整っていない。著作権問題は文部科学省、フォーマットの標準化というのは総務省、新ビジネスの構築は経済産業省の管轄と…。省の垣根を取り払って一本化して、プロジェクトチームを立ち上げたほうが話は早いんだけど、全部バラバラでやっているからなんとも効率が悪すぎますよね。

出版社はやはり相当危機感を持っているんですよ。出版社の売上がこれだけどんどん落ちてきて、電子書籍市場が伸びてくるだろうということで。だから、やはり積極的に展開している大手出版社が結構ありますよね。今ではもう、単行本を出して、文庫本も出して、電子書籍を同時進行するという形をとっているところもあります。全体の部数の減少だから、電子書籍も売って、少しでも収益の源泉を増やしていかなければならない。電子書籍なら世界にも進出できる。もう現実問題として、アニメや漫画などは、アメリカや欧州や韓国となどにけっこう進出していますしね。しかし、消費税の問題や著作権の問題もあって、まだまだ難しいところもありそうです。そのあたりがクリアになった時、電子書籍市場のインフラの整備ができたとき、そしてコンテンツ量が増えた時、テイクオフ-離陸期-に突入していくのではないでしょうか。

しかし本を購入する時、書店の人のアドバイスで本を選ぶとか、手に取ってぱらぱらとめくって決めるとか、装丁のよさで購入するというのが現状の書籍購入のスタイルですが、電子書籍になるとそういったことがなくなりますよね?どうなんでしょう?やはり書店には書店のよさがある。日本の今までのこういった出版市場の流通形態が、欧米諸国とはもう全然違いますのでね。電子書籍の普及はそういったところが消費者に浸透するかということもポイントになるのではないでしょうか。仕組みもそうですが結局は消費者が決めるんでしょうね。

--普段はどんな本をお読みですか?読書のこだわりなどありますでしょうか?

私は現在携帯するのに便利な文庫本派なんですが、今、凝っているのは北方謙三シリーズ(笑)。『三国志』を読んで、『水滸伝』を読んで、今は『楊令伝』。次には『岳飛伝』が入ってきますね。それを楽しみにしています。それから佐伯泰英の『居眠り磐音シリーズ』も楽しみです。必ず初版、1刷りを買うのが私のこだわりです。シリーズものは揃えて並べておくのも楽しみですね。

大学のころは、河出書房の日本文学全集や世界文学全集を毎月発行していたり。このくらい厚い本(3センチ~4センチ)だったんですけれど、それを買うのが楽しみで、毎月購入して書棚に並べるのが楽しみでした。今では自分の部屋がないので単行本をそろえるというよりは文庫本でがまんしております。

映像というのは、あまり記憶に残らないんですが、本というのは手に取って読んで、しょっちゅう読み返ししたりするので、わりと記憶に残っている。やはり、脳の活性化にもいいのかもしれないですよ。電子書籍になるとそのあたりはどうなんでしょうね。やはり本というのは触った感じとか、印刷インクの匂いとか。手触りとか、紙の質感とか、装丁のよさとかそういうものがありますからね。電子書籍では実感できないそういったところも製本の価値の一つではないかと思いますね。

--組合理事長に就任されていかがですか?

大野 亮裕 様

組合の運営に関していろいろな意見もありますけれども、皆さん組合を大切に思っていただいておりますし、将来の心配をしていることの表れだと思うんですね。組合員の方々にはまずはいろんな活動に参加してもらいたいですね。支部の会に参加すると、それだけ仲間ができてくるし、仕事のやりとりもできる。顔を合わせて信頼関係を築いていってほしいですね。組合に入り、何十年も付き合ってきたので、商売をやめてもできれば組合の集まりに出たいんだけどという人もいるぐらいですから(笑)。そして後継者が働きたいと思える魅力ある仕事、誇れる仕事というような環境づくりもしていかないと…と思っています。後継者問題というのもいろいろあるんですが、後継者が決まった会社はやはり頑張っていますし、改革もしています。

組合の中でも、企業同士でコラボレーションをとっているところもありますしね。コラボをせざるを得なくてコラボしているところも多いですが、そういうことも生き残るための戦略ですからね。

実態を見れば将来への悲観論が強いけれど、じゃあ全部悲観論なのかというとそうではないはずです。きちんと利益を出している企業、小さくたってちゃんと選ばれる会社はあるわけです。各社の経営者や社員の経営努力があるわけですよ。元気のある会社を紹介する活動もしていきたいと思っています。

--組合運営も変革されていると伺いましたが

東京は書籍と雑誌の部会が今度一緒になりました。全国区でもそういう組織にしたいと考えています。今まで東京でばかりでやっていたいろいろな集まりも、今年は中間地点の名古屋で開催することに決定致しました。全国の組織なども、東京工組副理事長や副会長がかなりいたのですが、半分以下に減らしたり。理事会の開催時間なども役員の皆さまの意見を尊重し、変えることに致しました。皆さんにもどんどん意見を出して欲しいといっているのです。変えていかなければと思っていますし、組合員のためにやれることは、何でもやっていかないと、と考えています。やはり団体は団体のよさがありますからね。

製本+シナジーの委員会だけではなくて、若い人が新しい製品や技術を世に出すとか、彼らが育つような、企業・産業にしていかないといけない。いろいろな異業種と連携したり、情報をどんどん発信していきたいですね。シナジー委員会にはそういったところも期待しています。

今後の製本業は、設備と人に投資して、ハイスピードで大量処理していくビジネススタイルと、小さくてもその会社にしかないノウハウやサービス、技術を提供するソリューション付加価値型というビジネススタイル。基本的にはどちらかの形になって、独自性をさらに加えていくというのが、製本業の生き残りの形ではないかと考えています。

付加価値の高い技術は、それを知っていただくということが必要ですよね。いくら素晴らしい技術があっても知られないことには話になりません。こんなことができるんだというような情報発信をしていく必要があります。そういうことを小さい会社が一社でやるのは難しい。そこで登場するのが2011年9月に開設した製本のポータルサイト「製本のひきだし」ですよ。製本のひきだしを通して、発想力のある方々に私たちの技術を知ってもらう。われわれには「実現力」があります。やはり、そういうものを取り入れて経営に生かしていく、というのが、本当にこれから大事になっていくでしょうね。

--いろいろ厳しさもあるけれど、やはり上手な残り方がちゃんとあるということなのでしょうね。あとは組合の存在感ということですか。新しい時代に合った存在感が必要なのでしょうね、組合でないとできないことはたくさんあるということですね。

そうですね。組合を上手く使ってほしいと思います。公取の問題とか取引慣行の改善など、数多くのテーマに上がっているんですよ。お金が絡むことというのは、個々の会社単独でなかなかできないですものね。組合で指針をつくって、上手に活用できるようにするのは大事なことですし、役目だと思っています。

まだまだ理事長として始まったばかりですが、組合員の皆さんの希望・要望を聞いて、製本業の活性化のためにいろいろなことをやっていきたいと思います。そのためにも組合員の皆様にもどんどん発言をしてもらいたいですね。皆様のお知恵をお借りしながらこれまでにこだわらない新しい形を作っていきたいと思っています。ぜひ期待してください。