素晴らしき製本

第8回インタビュー 株式会社竹尾 取締役社長 竹尾 稠様

紙には、用途に応じて変幻自在に変わる素材の価値としての「機能美」があります。

株式会社竹尾 取締役社長 竹尾 稠様

--ビジネスとして印刷や製本とは切っても切れないと思いますが。

竹尾は、流通業で紙問屋。素材提供企業とも言っています。それから、今は提供するのは「もの」から「こと」へとも考えています。

紙卸業は印刷、製本業界と同じビジネスサイクルの中の一工程なんですね。提供しているのは紙ですが、このビジネスサイクルのなかで「紙」は工業部品、マテリアル、素材だという意識を思っています。精密工業部品。その工業製品にはいろいろな機能を満載しています。いまではあたり前のごとく、上質だ、コートだ、ファインペーパーだといいますが、これは機能を考えつくしてできた製品なんです。ビジネスサイクルの中では皆さんそれを「素材」として求めていらっしゃる。私共はお客さんが欲しい部品のつなぎ役というわけです。

部品というと、一般的には役割が固定的ですが、紙の場合は使われる場面によって果たす役割がいろいろ変わってくる。そこが面白いと思います。何かそういう、用途に応じたいろいろな、変幻自在の素材としての価値みたいなものが「機能美」だと思っています。

例えば本でも、さっと開いたときに開きがよくて、しなやかにとか、ここは強度が欲しいから硬くとか、用途によって必要な部品が変わってくるじゃないですか。でも、役割が違っても部品は全て「紙」なんです。組み立てる専門家が注文される必要な紙を、指示通りにお届けするというのが問屋の存在価値。それも大事な役目でここが私たちの仕事の大半をしめています。

50年以上続く「ミニサンプル」を提供するビジネスモデル。

--その注文通りに必要な紙を届けるという業務を考えた時に、竹尾さんというと一番に思いつくのが「ミニサンプル」ですよね。あのシステムは画期的なビジネスモデルだと思うのですが、ホームページを拝見しましたら、1970年ごろからはじめられているようですね。

はい。3代目の社長のときにシステムセールスという形が生まれました。

紙を注文する時に、「色」って電話で注文できます?一口に「赤」と言われても、それぞれの思う「赤」が同じ赤とは限らない。ところが標準品の見本帳があれば、それを元に電話でも間違いなく同じ「赤」を確認し注文できる。また、紙は触ってこそわかると私は思っています、見本帳があれば実際に見て触れて紙を選んでいただくことができます。見本帳にある紙は、必ず在庫としてありますし、ミニサンプルには対応する価格表も用意されています。ですからミニサンプルで紙を選んで価格表で値段を確認して、電話で注文いただくことができるというわけです。このスタイルがもう50年以上前にスタートしました。

ミニサンプルも、今のこのスタイルになるまで、何度も改訂し、改良してまいりました。このミニサンプルを作るのは大変なんですよ。3、4年かかるんです。パッケージデザイナー含め一流の方に考えて作っていただいているんです。確かに通常の紙商からは考えられない販売促進、販売宣伝費を使っていますけど、いまでこそコスト優先となることもありますが、ミニサンプルがあることでデザイナーさんからの紙の指名で、発注いただけることがやはり多いんですね。印刷会社さんの提案よりも、デザイナーさんの指定の方が断然力が強いんですよ(笑)。

新しい紙を開発するだけでなく、使い方を提案するのが仕事です。

--マーケットの声を拾い、どのように商品化したらよいか「市場を常にウォッチしている役割もある」ということですが、これにはどういった特徴がありますか。

そうですね、例えばデザインとか、印刷とかから、こういう紙があるといいな・・・というご要望があって、市場のさまざまな要望を、ひとつ商業ベースに乗るか、乗らないかという判断も含めて、やはりマーケットから吸い上げていくという機能が竹尾の特徴かもしれないですね。要するに「マーケットアウト」というものが。マーケットで何が求められているか、そういうものはつかみにいけば必ずあるわけですよね。でも量にならないから、ちょっとチャレンジングだからと皆さんやらない。もったいないじゃないですか。マーケットアウトの情報の中で、ニーズに対応するのは当たり前、ウオンツも当たり前、シーズを私どもがメーカーに翻訳をして伝え、それをメーカーの製造サイドと技術者と相談をしながら新しい紙を作っていく。それを「プロダクトイン」とこう言う。ちょっと偉そうなことを言っていますけれど。普通に言う「プロダクトアウト、マーケットイン」とは思考のサイクルが異なります。

さらに、こういう紙を素材にこう使うと、こんなことができるということを見せるのが「ペーパーショウ」です。もう50年近く続いています。新しい紙をつくるだけでなく、使い方まで提案するというのも私たちの仕事と思っています。マーケットを広げるためには必要なことではないかと思うんです。市場のないところに製品を作っているわけですからね。このペーパーショウにはデザイナーさん、印刷会社さん、製本会社さんにもいろいろと協力いただいています。われわれで紙の価値を伝えていかなくてはならないのです。

マーケットアウト、プロダクトインで作った製品は、本社、青山、大阪にある実店舗「見本帖」で、広くご覧いただき、お買い求めいただけるようになっています。ここには市場に出ている製品を全て置いてあります。デザイナーさん、印刷会社さん、製本会社さんといったこの業界のひとだけでなく、一般の企業の方がこういうモノを作りたいんだけどと相談にお見えになることもあるんです。やはり、見てもらうというのは重要だと実感しますね。

われわれが魅力を伝え続けることで、生活者の価値観に働きかける。

--本や、印刷の魅力というのは、どんなふうにお考えですか。

株式会社竹尾 取締役社長 竹尾 稠様

これは一番難しい質問ですね。逆に教えていただきたいくらいです(笑)。何か魅力があるし、なくてはならないものだし、絶対になくならないとどなたも言うんですけれど、たぶん、それはやっている我々が言っているだけでは駄目なんでしょうね、きっと。生活者が、あるいは消費者が、一般の人たちが、やはり紙のほうがいいとか、こういう場合は紙じゃないと絶対に駄目とか、そういうふうに思ってもらうように、紙を生業にしているものが、ずっと、ずっと継続的にその魅力を伝え続けていかないと、やはり紙から別のものに置き換わってしまうということがあるような気もしますね。そのためにもペーパーショウで、紙の価値を伝える取り組みを続けています。

全てが量産、機械化をベースにしていると、製本でも昔の素晴らしい手づくりの凝った製本技術って、だんだんなくなってきていますでしょ。とても惜しいなと思っています。それと同じで、いい紙だけど機械では使えないというものが出てくる。使えないから注文がない。注文がないから値段が上がってくる。そのうち、その紙も、製本の技術も絶えてしまう。もったいない。量産できるもの、新しいものを提供するだけでなく、日本古来からある技術、伝統を守る、量を求められないものも残していく、というのもわれわれの大事な役割ではないかと思ったりします。これからは量だけの時代ではなくなるし、そうするといつかまたその昔から伝わる技術が生かされる日がくるかもしれないじゃないですか。失くしてしまっては手遅れです。新しいことを生み出し、永年かかって築き上げてきた匠の世界を守るという、相反するけれどもどちらも我々の業界には大事な取り組みだと思っています。

--私たちも「製本のひきだし」というサイトを作って、新しい技術や古くからある技術を、業界外の人たちに知ってもらい、使ってもらおう、と取り組んでいるのでそこは共通していますね。

紙と電子は共存しつつ、ずっと持っていたいものは紙として残っていく。

--電子書籍とか、いろいろな紙媒体が電子化されていくひとつの流れはありますよね。
これから、それなりに増えていくと思われるんですけれど、この辺についてはどうお考えですか。

株式会社竹尾 取締役社長 竹尾 稠様

電子書籍についてはいろいろ言われていますが、電子書籍・電子出版元年って、何回元年が続くんですかね(笑)。オオカミ少年ではないけれど、いつなのかなと(笑)。結果的に見ていると、現状広く受け入れられているのはコミックとかが多いですよね。要するに、本当の考えさせる内容のものというのは、電子か、紙媒体かというと、やはり紙媒体なんでしょうね。だけど、探索性というのかな、それはもう電子が強いわけで。つまりは用途によって電子化されるものと紙の本として残るものと共存するという感じではないでしょうか。リアルな本の方が格があるように思いますけど、そう感じるのも年代によって変わるんでしょうかね。

実際のところ、本はなかなか読む時間をとることはできませんが、仕事柄、書店にはよく足を運びます。店頭で見るとつい「あ、いいな」と手に取ってみると欲しくなります。内容もさることながら、本のデザインだったり、紙の質感だったり、そういったことで「欲しくなる本」というのはあるものです。やはり「モノ」として持っていたくなるんですよね。電子書籍だとそういうことはなくなるんでしょうね(笑)。

--本日はお忙しいところありがとうございました。