社長になって、「別注封筒の太陽堂」のブランディングだけは一生懸命頑張ってきたつもりです。それまでは、寸分のずれもない製袋などに目がいっていた自分が、そうではないことに気付きました。
ややこしい、これまでにない封筒をつくる時には、必ず社名が出て、相談されるようなブランディングをめざしています。そうした評判をつくるためにも、まず仕事は断らないこと。また、広報活動も大事で、サンプル持参で「こういうものは太陽堂に」とか「こんな封筒いかがですか」と活動しています。
ただ単に箔押しするだけでも、開くと「あぁカワイイ」と驚く封筒になり、価格価値も違ってきます。黒い封筒なども昔はあり得なかったのですが、そういうものもデザイナーからの御依頼を受け、とてもありがたいことです。
'16年7月の放映でした。6月の閑散期に1日かけて撮影され、刷り本が入った状態から抜き、封筒の窓の貼り、製袋へと至る過程と、その間のランチタイムという内容で、反響は大きかったですね。
その影響もあり働きたいと来てくれた人がおりました。今年新卒の子も入社します。規模の大小に関係なく人が入ってくれる会社になったとうれしく思いました。
その分、責任も強く感じます。社員が昨年末に家を買ったと報告に来て、私も改めて頑張らなきゃと思いました。
去年、一昨年は、ものづくりや女性活躍の補助金を有効に使うことに取り組みました。すごく頑張る女性を第1号にして、封筒加工機を低く~女性の身長に合わせてオーダー。ほかにも働き易い環境づくりや、女性幹部を育成する勉強会「女性活躍」も開いています、弊社の男性社員の協力がありがたいです。
創業者の父の話になりますが、彼は終戦でシベリアに2年間抑留されました。シベリアへ出港の前に宿泊した民家の奥さんに「おうちにちゃんとお手紙を書きなさい」と封筒や便箋、鉛筆と消しゴムを渡されたそうです。父はこの心配りにいたく感動し、またとても感謝し、「将来帰国したらそうした関係の仕事に就こう」と決めたのだそうです。
また、父は字を書くことも、文章もうまい人でした。父から母へのラブレターが、母の遺品整理で沢山出てきて、見て、感激しました。手紙って文章が残るから――。
紙や封筒は大好きです。そういう遺伝子があるのでしょう。思い出せば、小学校で手提げ袋を手作りして区の賞をとりました。父も手提げをつくった~加工した~ということで、「やはり封筒屋の子だ」と喜んでくれました。
紙に落とせない情報は無責任だと思います。紙媒体に落としてあるものは、責任がそこで生じています。深い知識や知恵の部分で考えると、本筋のことは、人間の頭の中にあることであり、文字で落としたものの中にあると思うのです。
文字は、読むだけではなくて、見て、感じます。その感じ方が人によって異なるのも紙の魅力です。画面では感じないし、その人となりもわからず、知識や知恵も出ていない。タブレットなどは読まずにスクロールされるが、本はこの頁を開けたという責任を感じ、読んでみようと思ったりしますよね。
今、時代がひと回りしているような気がします。旅行なども、至れり尽くせりではなく、自分で頑張る体験型が増えている。で、この間考えたのが、開けにくい封筒(笑)。どうやったら開くんだろうという興味を引く?……。もしかしたら考え方を不都合な形に変えてみるのも面白いと思います。
何でも便利になればいいというものではない。メールだから、すぐに返事が来ないとイライラし、少しでも返事が遅れると非難されたりする。切れるとか、待てない人が増えているのは、スマホやゲームのやり過ぎかも知れませんね。
なくなっていくものを、きちんと残していくコレクションのニーズがあると思います。例えばビートルズのコンサートのチケット袋を持つ人がいるように、「私はそれをもらったのよ」ということが財産になるかもしれない。自分にとって大切なものを残すツールですね。デジタルメディアはコレクションにならない。見えるのは画像だけで、実際に手に取ってみるモノがありませんから。
さらにパーソナル化も進むと思います。「私だけのもの」は、数は少ないけれど、人の数だけあるから、封筒の新需要の可能性もあります。例えば自分の顔を印刷した封筒はどうでしょう。パーソナルレターヘッドがあるから、パーソナル封筒があってもいい。結局、一人ひとり、あなたのために――というものが残るのではないでしょうか。
まだまだ表に出てこない隠れたwantsは沢山あり、その意味で、逆を見てみると、次の手があるのかもしれない。要は当たり前だと思わないこと。先程の開けにくい封筒を考えるのも、ひょっとしたら新しいヒントになるかも(笑)。