素晴らしき製本

富士ゼロックス株式会社 シニアマネージャー 松井 孝夫様

--いま、具体的にどんな活動をされているのでしょう

富士ゼロックス株式会社 シニアマネージャー 松井 孝夫様

現在63歳ですが、60歳で定年退職後、引き続きゼロックスの一員として活動しています。セミナーに参加したり、夜の会合などもガンガンやってます。どんな時間帯でも働くし、土日休みもないことがある。他の連中はやりたがらないし、後を継ぐ者もいない。でも、僕はこの業界の人が好きだし、一緒にいてザックバランに話できる方がリアルで面白い。

そうして得られた業界動向などの情報は、会社が何らかの意思決定をする際などに提供します。外のオブザーバーとしての役割ですね。実は、この役割は社内になかったことから、その必要性を答申してつくられたもので、会社からの承認をいただき活動させてもらっています。

僕みたいなのは、他メーカーさんにもいないでしょう。でも、業界の接点で誰かがどこかで調整しなければならないんです。朝から晩まで、いろんな所に顔を出しています。人材育成やITベンダーとのつきあい方など、印刷会社さんからの相談も多い。もちろん、基本はゼロックスのコンテンツですが、それだけでは足りない話がいっぱいある。そんなスキマを埋めようとすると、やはり仲間にならないとできないし、相談いただいた先との関係もつくられる――ここが一番大きいですね。とにかく一日中出歩き、いろいろな方にお会いしています。

--ゼロックスでの歩みを簡単に振り返っていただくと

入社してからずっと新規開拓の仕事です。最初は東京の城東地区を担当し、地図を見て毎日100軒以上飛び込みました。訪問量がすべてでした。全然苦じゃなかった。あの行動力がいまにつながっている。人との関係がここで形成されたのですね。「来るな」と言われても何回も行く。灰皿を投げられるなど、いろいろありましたが、そこは人間!誰もが嫌なヤツとは思っていない。捨て犬も毎日家の前にいると飼い犬になってしまう、といったことを習得できた気がします。 もう一つは、企業は部門が違うと役割が違うし、組織階層の役割も全部違うから、性格と役割が十人十色、千人千色、万人万色くらいになる。それでも普通にフランクに話できる関係性をつくれるようになったのも、この飛び込み時代。言われた数字をやることもそうだし、断られても行く――すべてはこれ、まぁ原点ですね。現在のゼロックスの社長とは同期入社で、1985年にできた上場企業担当部隊のときも一緒でした。当時の全国ランキングのTOPを競い合いましたね。そういうのが染みついている。

一般論ですが、今どきの営業はみんなスマートです。製品説明とか業態構造とか、しゃべる材料=コンテンツを会社から与えられ、それをモデファイしてお客様に持っていく。掴みはそれでいいでしょうけど、帰ってくると「これだけ資料を説明したけど分かってくれない」となる。提供した資料をもっとうまく活用していただけるといいのですが…。まぁ、いまの営業は効率を求められているので、時間の余裕もないのでしょう。評価も業績の比率が高く、プロセスの評価も業績に直結するプロセスの評価が高くなり、一般営業はたぶん6割以上が数字。若手だと6:4程でプロセスを見てくれるが、ちょっと上はもう7:3で、部長クラスになるとほぼ9:1くらいの感じ。一番上が9:1なら、6:4でも9:1のオペレーションになるでしょう。どのメーカーさんと話しても、今の評価システムはそんな感じだと言っていましたね。

--最近の印刷業界で注目されていることはありますか

富士ゼロックス株式会社 シニアマネージャー 松井 孝夫様

経営者の世代が変わって、60歳以上の層と、40代前半から50歳くらいの層に、二層化してきています。若い経営者は、視野やモノの考え方、スピード感、周りとのつきあい方の感性が違います。40代で二代目三代目あたりは、親と考え方も全然違う。一番違うのは、自分の所でできることと、そうでないことをハッキリ分かった上で、「自分の強みはこれだ。そうでないことは仲間でしよう」という発想です。2010年頃に『シェア』という本が注目されましたが、そのシェアを実践できる世代が社長になってきています。

若手の経営者の仲間を見ても、つきあい方が全然違う。同じ業界で固まってのつきあいは、あまりしない。昔からの業界団体である「若者の会」はありますが、それはプラットフォームであって、そこで悩みを共有すると、自分たちがやっていることがオープンになっていく――これが親父さんの時代との違いです。60代以上の人は情報をオープンにしない。40~50代以下のクラスは、学んだことはすぐに情報交換します。つまり情報をオープンにするので、例えばLINEのコミュニティでもそう。困っているヤツがいるとそこを助けるから、ジェネレーションってすごく重要だと思います。

また、40代の人たちって、海外視察に多く行っていますね。それも親父らはツアーで行ったけど、彼らはネットワークを持っているから自分で行く。逞しいし、すごくチャンスがある。そういうのを見ていると、メーカーが提供すべきことは、新しい設備だけでなく、自分たちの会社が脈々と生きてきた中にある制度や教育などいろんなものであり、その会社さんがこれから成長していく上で必要なエッセンスとなるものではないでしょうか。

--紙とデジタルの違いについてはいかがでしょう

富士ゼロックス株式会社 シニアマネージャー 松井 孝夫様

金属(電子書籍)も流行りで使ってみました。読もうと思えば読める。しかし、コンフォータブルじゃない。感性ですね、金属には心地良さがない。確かに便利で、今はディスプレイにマーカーもひける。でも、1/3あたりにマーカーをつけたと思っても、どこだった?となる。紙の本だとパッと分かります。あとはメモも絶対に紙。いかようにも書けるし、メモの上にメモを上書きしても跡が残って思い出せる。情報が多重構造で積み上がっていくのがいい。電子媒体は時間で追って検索したら出せるかも知れないが、紙はパッと見ただけで、その奥にある時間まで全部見られます。

実は、僕は子供の頃からあまり本を読まなかった。中高大とアメリカンフットボールをしたせいもあり、読んだとしてもアメフトの戦略書や戦術書、海外の有名ヘッドコーチの自叙伝など。今もあまり本は読まない。人に「この本いいから読んで」と言われると「何が書いてあるんですか?」と聞く。で、一回買う。でも文字を根気よく読むというクセがない。だから、基本的に流し読みしかしない。テクノロジー企業を担当していた頃は、日経新聞をはじめ専門紙は隅から隅まで読みました。仕事のために読んだけれど、あえて好きで読んでいたわけではないです。

最近もいろんな社長に「こういう本知ってる?」と言われて「誰ですか?それ」と言うと「ホントに知らないの」となり、「教えてくださいよ」と言うと「こうこうこうで、こういうところがすごいんだ」と説明してくれます。教えてもらっていることは多いが、それは知らないから教えてもらえる(笑)。ただ、ビジネス書は読んでます。ビジネス書って流行り物なので、相手と話す時に話題に使えるのです。

--厳しい状況の業界ですが、この先どうなのでしょう

どうでしょうか。ただ直近でいうと、例えばDMなど紙の利便性が高かったものは、バックにたまっているデータ自体をアナライジングした結果を反映して、メールで送った方がいい。コストがかからないから。ただ紙のDMでも、その紙からデジタルへ…、例えばQRコードなどでアクセスできれば、もっと効果が上がります。電子メディアで届くよりも、紙で届いた方が、何か一瞬、行動のタイミングにつながりやすいと思いますから。

もっとレスポンスあるいはパフォーマンスの高い販促を、紙と電子とうまくセグメントして実施できれば、結果として紙の価値を高める提案ができるかも知れない。でも、当然アナライジングも必要なので、そのメカニズムも持っていないとダメですね。紙とデジタルの両方の仕組みを持ち、それを提案できる印刷会社は、まだ少ないようです。いまASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)でかなりデータもセキュアに守られ、アナライジングもされ、プッシュも出せる。プリンタでDMも出せる……。ITを組み合わせた印刷物=今後のお客様の販促のお手伝いができることに、若い経営者たちは、いちはやく眼をつけて取り組んでいます。

製本業界でも、新しい事業や経営を実践する人が出てきています。でもちょっと日本的で、尖ったヤツが叩かれるという側面もある。尖ったヤツがなぜ尖っているのかを、ケーススタディとして感じないといけないです。どこからも侵略されたこともなくて、何とかなるだろうみたいなことでは、スピード感が遅いと思います。

10年後には中小の印刷会社は社内に機械を置かなくなり、機械は1ヶ所に集約されて印刷されるという説もありますが、ただやっぱり、最低限の設備はもたないと製造業としての感覚をなくしてしまう。紙でのモノづくりを止めた瞬間に、紙の良さがわからなくなる。お客様の接点に紙の商品をどう企画してデリバリーするのかというのは、紙にしかできないことですから。

--活動の重要性は高まる一方ですが、ずっと続けられますか

ゆっくりしようかなと思うのは、80歳を超えてから。で、80歳になったら週3回くらいセミナーに出たりしていたい。もともとお客様と絶えず話していて、市場に触れていることが、すべてのエネルギーなんです。これがなくなると、会社に属しているかどうかは別にして、たぶん生きていけないですよ。

結局、人でしょう。コミュニティか、印刷なのか何なのかは別にして、どんなコミュニティとも絶えずつながって、ジェネレーションとの垣根をワープしながら、ずっと動いているのが、僕のすべての原動力です。

--本日はありがとうございました。