文芸の電子書籍はあまり読みません。一方、学術研究には電子書籍が便利です。「所有物」の本と「使用物」の本は別ですから…
電子書籍は学術研究にはかなり使いますし、仕事柄何台も試していますが、個人的に電子書籍端末で文芸小説を読もうとは思わないですね。いまでも本はたくさん買います。そして父親と一緒で捨てられない(笑)。今のところ平均的日本人にとって、本は所有財なんですよ。だから製本とか装丁とか紙質とかによって売れ行きに影響が出る。買い手にこだわりがあるから、造り手もこだわるんです。一般論で言えば、アメリカでは公共図書館が発達していて、本は借りて読むことが多く、読書は情報の消費行為です。その感覚だからKindleのような電子書籍端末で読むことにも抵抗がなく、売れるわけです。
文字は言語そのものであり、当然、本は言語依存するし、読書そのものが各国の文化を反映します。漢字を持つ表意文化の日本と、母音、子音の多い表音文化のアメリカでは読書のあり方が違います。アメリカではオーディオブックが売れていますが、日本では売れないでしょ。だからアメリカの真似をする必要はないと思うんです。
ヨーロッパの電子書籍はこれからです。ドイツでは電子書籍は書店で売ると言っていました。なぜかというと、本というものは、作家と読者の出会いであり、その場を作るのが書店員の役割だと思っているわけです。書店員になるのに職業資格が必要な、いかにもドイツらしい誇りを感じます。このような発想があるヨーロッパを見ないで、アメリカのやり方が世界だと思いがちです。出版は各国固有の文化産業であり、日米欧アジアみんな違います。
あと20年くらいは大丈夫だと思います。
ITは急激な速度で変化しています。Facebook、YouTube、GREEといった、10年前にはなかった企業によるサービスを、いまでは誰もが当たり前に使っています。世界中どの国でもネットワークにおける文字の流通量は激増しており、誰でもディスプレイ上の文字を日常的に読んでいます。いや、読まなければ仕事にならないでしょう。出版は各国固有の文化があると言いましたが、ITでは、グローバルスタンダード化が進んでいます。
その一方でPCの登場で、もう紙は減るとか言われ、印刷ももうダメだと言われてきましたが、みんな何だかんだといっても紙の本を読んでいて、減ってはいますが今までのところ産業構造は変わっていません。たぶん、世代が変わらなければ変わらないのではないでしょうか。紙に慣れ親しんだ世代はなかなか紙から離れられない。40才代までは本の所有欲が強いですから、この人たちが消費マーケットに残っている、あと20年くらいは、なんとか持つんじゃないですか。でもデジタルネイティブと呼ばれる今の10代、20代の価値観は確実に変わっています。紙をベースとした産業に携わる人たちは、今のうちに次の手を考え、なるべく早く実行に移していかなくてはならないと思います。