素晴らしき製本

第5回インタビュー NPO法人クリーン・プリント理事長 阿部野 耕一 様

--阿部野さんはハイデルベルグ・ジャパンという世界有数の印刷機械メーカーの社員でありながら、NPO法人クリーン・プリント(※)を設立し、理事長として活躍されていることで業界でも有名ですが・・・

(※)NPO法人クリーン・プリントとは
本質的な環境負荷の低減を目指し、印刷関連業界の有志によって、はじめてCO2削減を目的として2008年8月に発足した非営利団体です。

自分の中に常に自分の仕事が本当に正しいことをやっているのか?世の中に必要とされているのか?という疑問があったんです。印刷って本当に必要なのかな?から始まって、特に私が販売している印刷機械が、もし"ゴミ"を作る機械だとしたら、私も会社も、そして印刷業にも未来はないなと。最近はずいぶんと改善されてきましたが、少し前の印刷現場って結構紙をどんどん捨てていたじゃないですか。機械に紙が詰まった時などはガバって・・・ヤレ紙もどんどん使っていましたし・・・。それが割合当たり前になっていたんです。
その一方ではそうせざるを得ないオペレーター側の理由もちゃんとあって、お客様の厳しい品質要求や、営業マンからの不明瞭な指示など、その中にはちょっと道理に合わない要求もあったり・・・環境にやさしくといいながら、それで簡単に刷り直しになったり。
私はそれが納得できなくて、もっと欧米のように数値管理、つまり基準値を現場に採り入れて、「基準に合っているから合格品なんです!」と言えたら、現場の負担やムダがかなり減らせるんじゃないかとずっと考えていました。でもなかなか日本の商習慣だと難しくて・・・
そうこうしているうちに、温暖化問題がクローズアップされ、世の中全体が環境問題に注目する「エコの時代」になったので、「これだな!」と思い、「お客様と数値で合意した基準値」で印刷されたものに「クリーン・プリント」というロゴマークをつけ、それを普及することで、無駄に捨てられる用紙やエネルギーを削減し、地球温暖化の原因となるCO2排出を抑制することにつなげられるという仮説を立てました。
それがこのNPOのスタートです。今では当たりまえの考え方ですが、当時はまだそういった考えをする人もいなかったのか、「クリーン・プリント」のマークは無事登録商標に認定されています(笑)。
はじめはそんなに大それたことをするつもりは全くなかったのですが、とある経緯でNPO化することになり、私が言いだしっぺだからということで理事長を務めることになったのです。NPOというのも法人会社を作るのと同じだけ労力が必要で、通常の仕事をしながら準備を進めるのはなかなか大変でしたが、仲間たちに助けられ、2008年8月に「特定非営利活動法人クリーン・プリント」を発足させることができました。

--現在NPO法人ではどのような活動をされているのですか。

先ほどお話させていただきましたように最初は、環境にやさしい印刷を象徴する「クリーン・プリント」マークの普及からスタートしました。
それを含めて4つの活動方針があるのですが「紙メディアが、魅力的・実用的・持続性のあるコミュニケーション媒体ということを、事実に基づいて情報を提供する」のも活動の一つです。ともすると紙メディアはと地球環境によくない。エコではない。というイメージが持たれがちです。では実際にはどうなのか?新聞を紙で読むのとネットで読むのとどちらがCO2の排出力が多いか?誰に聞いても紙の方が環境に悪いと言われますが(笑)、一概にはそうとは言えない。そういった事例を、できるだけ数値に基づいてた情報として提供しています。それを講演でお話させていただいたりすると、特に機材メーカーや機材業者の方々はみなさん「今日は話を聞いてスッキリしました」などと言われます(笑)。みんな私が思っていたようなこと(自分の仕事は環境に悪いのでは?)を少なからず感じていたんですね。
それから、今後も紙を持続的に使っていけるようにという願いもこめて「管理された森の支援」をしています。岩手県に町の面積の98%が森林だという岩泉町という町があります。岩泉町の伊達町長が、町の子どもたちのためにも、この森を何とか価値あるものにしたいということで、FSC(森林認証)を町で取っているんです。その岩泉町の制度に、森林1ヘクタールあたり100万円の寄付をすると、そこに名前をつけ、植林や、植林後の下草刈りができるという企業サポーター制度というのがあります。当NPOでは現在2ヘクタールの土地にクリーン・プリント「絆の森」という名前をつけて、2010年から植林活動をしています。植林後は毎年苗木の成長のために下草刈りにも行っています。植林活動も、下草刈りも実際にやってみると結構楽しいんです。必要な道具は町で用意してくれるんですが、びっくりするほど大きな鎌で下草を刈るんですよ。一緒に参加してくれた子どもたちはそれだけで大興奮です。彼らの成長とともに木の成長をみることができるのも楽しいですね。
「子供たちと森」、そして、実は「子供たちと紙」というのは本当に親和性が高いんです。ご興味ある方がいればぜひとも岩泉町へお問い合わせください。

NPO法人クリーンプリントの活動風景

--NPOのお仕事とハイデルベルグ・ジャパンでのお仕事は、感覚的にいうとどんなウエイトなんですか。

私はあくまでハイデルベルグの一社員ですから、もちろん仕事が絶対です。でも自分が営業として機械を販売する時も、やはり心の支えとなってはいますね。自分のやっていることは間違っていない!って(笑)
お客様にプレゼンする際にも、できるだけ始めか終わりに「紙の価値」についての話題を入れるようにしています。先日も「東京都製本工業組合の手帳部会」さんの情報交換会で商品説明をさせていただいたのですが、その際にも「紙の価値」の話をさせていただきました。皆さんそちらのほうに食いつかれるんですよね。帰り際に「来年はもう機械の説明の方はしなくていいから」って言われました(笑)。お話を聞いていただいて、それを皆さんに家に持ち帰っていただき、家で「父ちゃんの仕事は地球のためになっているんだぞ」と胸を張って言ってもらえるのが今の夢ですね。
といいながら自分自身も最近は日経新聞をiPadで読んでいます(笑)。東京で単身赴任しているのですが、忙しい合間の細切れの時間を埋めれるので電子版は本当に便利なんですよ。でも静岡の家に帰ったときはやっぱり紙の新聞で読んでいるんですよね。時間と空間を支配できてる感じはやはり紙のもつ贅沢さでしょうか。電子ってスピード感を感じる反面、なにか圧迫感を感じます。なんか焦燥感というか・・・SNS疲れという言葉があるように、ある種の脅迫観念がつきまといますね。「いいね!」を押さなきゃみたいな(笑)。
先日あるイベントで、例によって紙と電子とどっちが環境にいいと思いますか?と質問していると、ある年配の男性が「そんなの紙に決まっている!」というんです。なぜかと問うと「あんたね、新聞というのは江戸時代からあったんだよ!」って。それを聞いて「そうか電気や石油がなくなっても紙はつくれるんだ!」と。「10年後、20年後じゃなくて100年後、200年後の単位でみるとやっぱり紙かも!」といまさらながら目から鱗でした。業界の中にどっぷり使っている自分たちは本当に近視感的になっていますね。一般の方のほうがもっともっと紙に対して冷静です。

--一個人としての阿部野さんは、印刷や本に対してどんな思いをお持ちですか・・・

阿部野 耕一 様

本は大好きでよく読みます。子どもの頃から本がないと寝られないというか、とにかく好きですね。私の親父はトラックの運転手で、本を読んでいる姿など見た記憶が全くない。でもなぜか小さいころから、本を買うためのお金だけはいくらでもくれたんですよ。
本格的に読み始めたのでは中学からで、それこそ1~2日に1冊ずつ!・・・山岡荘八にはまり、『織田信長』から読んでいって『豊臣秀吉』『徳川家康』『伊達政宗』と、ずっと読んでいきました。全部で47冊になるんですが、田舎の本屋なので、その本屋の棚の本がどんどんなくなっていく。それが済むと定石どおり(?)吉川英二にうつっていくんですから、さすがに店員さんに「あなた、読むの速いわね~」とあきれられました(笑)。
親父の影響か僕も子どもたちには同じようにしています。最近のクリスマスプレゼントはずっと図書券ですね。
最近ネットに乗っていた記事で「紙で読書を覚えた子は電子書籍から読書を覚えた子でもより、その後読書が好きになった子どもが39%も多い」というのがありました。
動くもの(電子アプリなど)に子どもの目がいきがちなのは、人間がそもそももっているDNA。しかし、動的なものへの興味から静的な知識への興味の移行は人間の文化の歴史です。子どもが電子にも紙にもバランスよく接することができる環境づくりをするのは親の使命だと思いますし、なによりも子どもを実験台にしてはならないですね。

--今後の活動について一言お願いします。

ハイデルベルグ・ジャパンでの仕事もそうですし、NPOの仕事も、結局やはり紙メディア、印刷物の価値をどうやって世に伝えていくかというようなことが自分のミッションだと思っています。
それと、何が正しいのかを私自身が知りたいという気持ちが根底にあるので、これからも答えを見つけるために情報を収集したり、発信したりしていきたいと思っています。
最近、僕が一番尊敬する方が「紙は捨てられるからいいんだ」といわれていました。「捨てられる」「捨てやすい」「再生される」というのもやはり紙のもつ重要な能力ですね。
こういったことを考え続けていくことが印刷をやっている人間、印刷機械を提供している人間、つまり紙メディアに関わる人々みんなの共通の使命でもあると思いますので。

--本日はお忙しいところありがとうございました。