素晴らしき製本

第9回インタビュー JAGAT会長 塚田 司郎様

--JAGAT会長としての主な活動と、製本会社とのご関係などをお聞かせください。

JAGAT会長 塚田 司郎様

会長に就任して3年目になりますが、月1回の経営会議で月次報告を受けたり、新しい企画の打合せなどをしています。またPage(印刷メディアの総合イベント)などの展示会や日本各地で開催されるJAGATのイベントの打合せと出席などです。

製本会社さんは東京に多くあり、私の会社(錦明印刷)も出版印刷を手掛けているので、東京の製本会社さんは大体存じ上げているつもりです。また、出版社のパーティーなどの集まりで、製本会社さんと情報交換することが結構あります。

本づくりの世界では、上製本をやめるとか平綴をやめるとか、いろいろな声が聞こえてきます。確かに上製本のように工程が多いと大変です。昔と比べて情報のプラットホームが行き渡り、納期要求が厳しくなっているからです。古き良き時代の出版社さんは、書店から戻った売上カードを束にして数えて「これなら増刷はこれくらい」と予想して再版していました。売れる本ほど、増刷のやめ時が難しいそうです。以前、出版社に「最後の増刷をオタクに発注さえしなければ儲かっていた」と言われたこともあります。(笑)

--紙の本の魅力について、そして電子書籍化という流れについては。

電子書籍化の活動で知られる植村八潮教授(当コーナー第4回に登場)は、「本は、調べるモノ、学ぶモノ、それ自体を楽しむモノの3種があり、その順番通りに電子化されていく」と言っています。今は学びの分野などで、業務マニュアル的なものが盛んになって、e-ラーニング化しているようです。そのe-ラーニングでもプロモーションでも、動画が多く使われてきています。

当社のお客様は、文芸関係が多いのですが、やはり、文芸や小説などは、紙の本で楽しむものだと思うのです。私も電子書籍は、出張で飛行機に乗るときにi-Padで読む程度です。紙の方が落ち着くし、電子書籍や動画と比べて、思考とか概念をつかむという理性的な行為だと思います。系統的な知識の習得や知的行為には、紙の本ではないでしょうか。

"本に対する愛着"という意味でも紙でしょう。自分の好きな作家や作品への想いは、本文だけでなく装丁や造本も含めて、持っているという所有感や満足感につながります。出版印刷では、印刷が難しい紙がいろいろあってUV印刷もない頃は技術的にも大変でしたが、それでも何とかして製本して、完成した書籍の風合の素晴らしさ、あるいはブックデザイナーが装丁をし、紙を選び、特殊な印刷をした結果として、買った人の宝物になるわけです。

一方、電子書籍は、手軽過ぎるというか、ただのデータに過ぎないという感じがして、正直な話、あまりお金を払う気になりません…。私の息子も、動画やゲームも好きですが、本を読むのは紙がいいと言います。米国のジャーナリストなども、「思考の形成や概念の把握には、紙の本を読むべきだ」と言っているようです…。

--長年、出版印刷に関わってこられた感想をお聞かせください。

JAGAT会長 塚田 司郎様

印刷会社をやって良かったと思うのは、たくさんの書籍が読めて、人生を生きる上での知見が得られることです。例えば、かつての世界的ベストセラー『7つの習慣』(スティーブンRコヴィー著)は、当社も積極的にいろいろ関わって日本での刊行をお手伝いしました。また書籍だけに止まらず、ダイアリーなどのアイテムの商品化やセミナー開催など、さまざまな関連ビジネスを立上げ、拡げていくやり方も、この一連の事業で学びました。「一つのコンテンツから、できるだけ収益を最大化する」というビジネスモデルですね。今の印刷業界も「付帯サービスの強化」と言っていますが、全くその通りだと思います。

このように、印刷というより、つくる本の中身が興味深いし、大変勉強になります。その意味で、印刷業は幸せです。今も100万部とか売れる本は、いちおう内容をチェックして、なるほど!と思えることは実践してきました。

かつて出版社の方に「何で売れるのですか」と聞いたら「この本ちょっと読んでみる?」と言われ、商談中でしたが、「短編だから5分で読める」と勧められてその場で読んだこともあります。単なる印刷打合せでなく、本の話をしたり、売れるかどうかを議論できる時代でした。ちなみに、どういう判断で部決(発刊部数決定)するのかを聞いたら、「編集者であれば、こういう理由でそのように何部売れるという答は持っている。しかし本当に結果がそうなるかは、正直言ってわからない。」のだそうです。(笑)

--電子書籍化の流れについてJAGATとしてのお考えはいかがでしょう。

JAGAT会長 塚田 司郎様

もちろん、重要テーマとして、独自研究をしたり、関係庁の話を聞いたりしています。国内だけの現象ではないので、海外の文献も見ています。JAGATでは、『未来を破壊する』の著者である、ジョー・ウェブ博士の提言について積極的に取り組んできました。2014年の「JAGAT大会」にウェブ博士を招聘して、『THIS POINT FORWARD』の日本語訳を発刊することになりました。邦題は『未来を創る』。前著が問題提起編であるのに対して、こちらは解決編を意識した日本語タイトルです。

『未来を創る』は、2015年4月末の発刊ですが、本書は「今まではこう考えてきた」「これからはこういう考えをしたい」という新旧の考え方を対比しています。今まで印刷会社は、高額な印刷機を買ったから、それを稼動させることばかりに熱心になっていたのを改め、これからは「顧客視点でものを見る」ということなのですが、両者は天動説と地動説ほど違います。私はよく言うのですが「印刷機に向かって仕事するのか」、それとも「お客様に向かって仕事をするのか」の違いです。簡単に「顧客視点の会社」と言いますが、ソリューションでもあり、なかなかできそうでできない。

本書には、そうしたマインドセットをいかに変えるかが詳しく書かれています。社員を鼓舞、刺激すること以前に、まず経営陣のマインドセットを変えない限り会社は変わらない。実際のマーケティングをどうするかなど、より具体的、現実的に迫っていかないと会社は変わりません。

--印刷の未来について忌憚のないところをお聞かせください。

プロモーション、パッケージ、書籍、フォーム印刷など、「印刷業は、セグメントごとに未来が違う」ということですね。

日本は1991年から2020年までの30年間で、出荷高が半減!などと予想されていますが、いずれにしろ、自分達の未来はある程度見えているわけです。ここで黙って何もしないのではなく、どうやってそこから変わるのか、自分が関わるセグメントをシフトするかについて、さらに真剣に取り組むべきでしょう。アメリカでは、付帯サービス、アドバタイジング、プロモーション、ダイレクトメールとパッケージなどが伸びると言われてきました。情報コミュニケーション分野ではなく、オフライン系メディアであれば、それほど需要が落ちないなら、そちらへ行くとか、印刷を超える新しいサービスを考えるとか、いろいろな道があります。

例えば、我々の印刷の概念はどうしてもオフセット印刷になりますが、それをもう少し拡げて、写真サービスのインクジェットプリンタも印刷機だと思えば、別の可能性があります。現在のマーケットニーズに対し、オフセット印刷は応えきれていません。ロングテールと言いますか、人々の趣味嗜好や需要が多様化したことで、専門書の出版社では発行部数は数百部単位のこともあります。1000部以下のオフセット印刷は単価が高くて、出版社も商売にならなかったりします。そこでデジタル印刷となるのですが、それもある一定量までの対応です。私には"グレーゾーン"があり、適切な印刷が提供されていないように感じます。物理的にはできても、コスト的に顧客ニーズに合わないので、我々印刷会社もサービスしたくてもできないのです。

インラインでのデジタル印刷用ポストプレスのシステム等が現実的になれば、それらをどうやって印刷会社や製本会社が使いこなすのか、ということになっていきます。印刷会社が導入して生産のワンストップを目指すのか、あるいは製本会社が導入して、川上に対応していくのか……。

プリプレスがデジタル化される以前は、写植、製版、印刷、表面加工、折加工、製本とあって、それぞれ技術が違って、職人さんも必要だったし、各社の資本も小さかったので工程毎に分かれていました。それが、これだけ印刷技術も標準化し、出版社が印刷機を買おうかなどと言い出す時代となりました。表面加工業界などもUV印刷機を買って、フイルムや箔の上から印刷するといった特殊印刷により、普通の印刷会社とは違うサービスを推進して、生きる道を模索しています。

--まとめの意味で、これからの印刷・製本業界に対するメッセージをお願いします。

JAGAT会長 塚田 司郎様

人生と同じで、それぞれが生きる道を見出さなければいけない。文句を言うだけではなく、世の中の変化に、どうやって対応するかを考えなければなりません。もちろん、それぞれの会社で置かれている状況は違うから、私も一概には答えられません。「各社の属しているセグメントによって未来が違う」ので、個別の会社が、個別の事情で、どうやってそれぞれ生き残りを目指すのか、ということです。

どうしても人間は今までやってきたことが当たり前だと思ってしまいます、しかし、ゼロベースで考えれば、逆に自由に何でもできるわけです。つい今あるものを前提としがちなのですが、前述の有名な「7つの習慣」という本には、習慣とならなければ結果は出ないという話があり、「何をすべきか、何をするのか」はナレッジで、「それをどうやってやるのか」はスキルだとしています。何をどうするかがわかれば、できそうなものですが、気持ちというか、毎日やるというコミットメント、それがないと習慣とならず、結果は出ないと書いてあります。

JAGATが「世の中は、業界は、技術は、こう変化していく、このようにすればできる」と、発信してもマインドセットを変えないと会社も業界も変わらないということで、「THIS POINT FORWARD」の日本語訳が発刊されたわけです。