素晴らしき製本

第11回 株式会社小森コーポレーション 上席執行役員 国内営業本部長 小森 善信様

--印刷関連業界に、多くの接点をお持ちだと思いますが。

私は、某印刷会社で商業印刷物の営業を丸6年経験した後、弊社に入社しました。以来、一貫して印刷機械営業の道を歩んで30年余になります。

北は北海道から南は沖縄まで、国内営業の責任者として飛び回っていますが、製本会社さんも含めて印刷関連会社さんのトップとは、毎日のようにお会いしていますね。ほとんどの方がオーナー経営者です。近年の厳しい業界状況から、皆さん悩みを抱えていらっしゃいます。

弊社も、同じ業界ですから、かつてないシビアな状況に対して必死です。昨年('15年9月開催)のIGAS(国際総合印刷機材展)をご覧になった方も多いと思いますが。どう感じられたでしょうか。品揃えも規模も大きい弊社ブースに「元気をもらった」「背中をおされた」「勇気づけられた」とおっしゃる方も沢山おられました。しかし、あれは要するに"業態の変革をしないと企業が成り立たなくなる結果"としての展示会です。弊社は、主に枚葉・輪転機の製造・販売を生業としてきましたが、リーマンショック(`08年)後、先々もたなくなると結論づけ、新しい企業価値を生み出すべく、製品ラインアップ拡充などの企業対応に努めてきました。

「我々の業界はどうなるんだ」と皆さん将来に不安をお持ちであることは、直に接する機会も多いので、ずっと以前から肌で感じておりました。今までのオフセットの良さとデジタルの良さを両立させ、どう天秤にかけながら印刷という経営をやっていくのかがポイントだろうとは思います。日本の印刷マーケットは、'85~'90年代のバブル期のピーク('91年の印刷出荷高約9兆円)を経て、どんどん落ち込んできた構図もあります。しかし、激しい右肩下がりが続いた業界も、ここまで来てみて、ようやく「底打ちかなぁ」という感じもありますね。

--厳しい現状を打破していくために、どうすべきでしょうか。

株式会社小森コーポレーション 上席執行役員 国内営業本部長 小森 善信様

大きくは"世の中の印刷を変えていかなければならない"ということだと思います。いま現場が困っているんです。そうした困り事を、しっかり捉えて対応することも大事でしょう。

印刷機械メーカーである弊社としても、同様に捉えて、できる限りのことを始めています。現場を改革する一つがH-UV(ハイブリットUVシステム)。'09 年に発表して以来、飛躍的に伸びている革新的なUV乾燥システムです。

H-UVは、インラインで瞬時に乾燥させ、従来の油性印刷に比べて印刷リードタイムを飛躍的に短縮化しました。また断裁・型抜き・折りなどの後加工もすぐに行えるので、納期短縮に大きな効果があり、さらにパウダーレスによる品質向上のメリットもあります。

発売してから'13年の3月までの国内の販売実績は約400台。つまり、約400 人のオペレータがいらっしゃいますが、皆さん「二度と油性の印刷機械に戻りたくない」と言っています。それまで手間とコストがかさむ「刷り直し」で苦労されてきたのが解消できるわけですから。

H-UVのインキは、油性インキよりコスト高なのですが、このマイナス要素も納期短縮や印刷トラブル減を考慮すればクリアされるでしょう。また、光沢性や発色性など印刷品質面においても進化してきています。

現在、弊社への引合い・問合せの60%がH-UV関連(油性が31%、厚紙パッケージが9%)です。そして、すでに国内販売の4色機以上の60~70%がH-UVでのご発注です。新規および入替えのお客様はほとんどがH-UVです。とくに1台目の評価が高くて、2~3台目を導入されるケースが全国で80社以上に達します。さらに、国内だけでなく米国や欧米でも積極的に啓蒙して、その良さが拡がっています。最近では、フランスの化粧品メーカーや日本の自動車メーカーなどの発注者側から「この印刷はH-UVで」という名指しのオーダーも増えています。

「製本までやさしく刷り本をもっていこう」ということで開発されたH-UVが、もっと拡がって、これからの印刷のグローバルスタンダードになればと思っています。

また、印刷の現場に革新性をもたらしたいという考えは、取扱アイテムの拡充方針にも繋がっています。(昨年のIGASでも反響大でしたが)断裁機をはじめ、打抜き機などへとアイテムを拡げています。さらに海外企業との業務提携なども行い、筋押しなどの微細な印刷物ができる加工機も取り揃えてきています。

--業界を変えるといえば、電子書籍についてはどうでしょう。

株式会社小森コーポレーション 上席執行役員 国内営業本部長 小森 善信様

これはアメリカの話ですが、新聞記事('15年9/23ニューヨークタイムズ)によれば、電子書籍が驚異的に伸びて('08~'13年で1,260%増)、本屋さんの倒産が相次いだが、ここにきて紙に回帰しているのだそうです。なぜかと言うと、数百頁もある本の2~30頁前をひもとくのに、2~30回も画面をこする(スワイプする)のか?という疑問です。紙ならサッと移動できる…という、紙の本の利便性に若い人を中心に気がついたのです。

また、イギリスの学校生徒へのアンケート調査で、「君たちの卒業証書はPDFでもいいか」という質問をしたら、全員の答えがNO!だったそうです。こんなエピソードにも、紙の味わいというか価値が現れていると思います。日本の大学の研究で、紙とタブレットで学んだ人を比べると、紙の方が知識として残りやすい、といった話も聞いています。

もっと紙の良さが見直され、デジタルとうまく棲み分けられたらいいと思います。印刷機械のメーカーである弊社も、いろんな紙や新しい加工をした印刷サンプルなどに積極的にトライしてアピールしています。紙の全体的な出荷量はピーク時に比べて減ってはいますが、全部が減るわけではありません。紙は "価値あるもの"として残るでしょう、まだまだ捨てた物じゃない。ただし、よくアンテナを張り巡らせていないと足元をすくわれ兼ねません。弊社も積極的に展示会活動などを行っていますが、最新情報や動向という意味でイベントに足を運ぶことなども大切でしょう。いま自分の会社がどういう状況なのか、遅れているのか進んでいるのか、そこでイイトコ取りを目指せばいいのではないでしょうか。

ちなみに、私にとっての思い出の一冊は、新卒で入社した印刷会社で手掛けた1000頁程の冊子です。ある団体の年史で、2年ほどかけて苦労してつくりました。いまも国会図書館になら1冊あると思います。

--これから伸びていくのは、どういう会社でしょう。

`85~`90年代の企業意識を変革しなくてはいけないのに、残念ながら、まだまだ意識が伴っていないところもあるように感じます。

かつては新しい印刷機を入れれば仕事がついてきた古き良き時代であり、いまは"開発行為"を進める会社が伸びる時代です。ただ印刷機械を使うだけでなく、その機械にちょっと付加価値を付けて、何かプラスαのことを目指すべきだと思います。印刷だけでなく製本や抜きなどの業種間で提携してもいいですし、トレーディングカードといった大手がやっていない事柄に取り組むなど、まず「自社でしかできない技術」を抱えることがポイントですね。その意味で、いろいろなネットワークをもつことも大切でしょう。とくに、首都圏の印刷会社さんは分業化され過ぎていて柔軟な対応が難しい面もありますが、新しい設備投資を考える会社などは、製本会社さんに声をかけるなど積極的にタイアップして、一緒にやりはじめています。

とにかく、自社の印刷工場から印刷という成果物を出さなければいけないわけですね。印刷物だけでどうこうというのは、もう遅いのではないでしょうか。印刷物の発注者側からすれば安心感がないようにも見えてしまいます。あらためてお金をもらう立場になって、どういう技術的なラインアップをしていけば、安心して仕事が依頼されるのかを見直してみる必要もあるのではないでしょうか。

--生き残りの課題は、成果物のための開発力でしょうか。

株式会社小森コーポレーション 上席執行役員 国内営業本部長 小森 善信様

私の持論なのですが、印刷関連会社さんは大手広告代理店さんのミニ版というか地域版になればいいと思うのです。企画・立案の機能を社内につくってマーケティングまで実施し、それで提案していくのです。ただ印刷物だけを追いかけるのでは価格競争の渦に巻き込まれるだけで、安さしかなくなる。企画から取れれば、そこに印刷物が発生します。原価率も下がります。印刷だけを取りに行くから、90%などの高い原価率になったりします。自分で自分の首を絞める価格競争の状態から早く脱却しなければいけないと思います。

かつて印刷関連会社さんは、地域のよろず相談役的な機能も果たしてきた歴史もありますし、それが高度成長で忙し過ぎてお客様へのお役立ち=開発行為を忘れかけたと分析できるのかも知れません。簡単ではないでしょうが、ミニ版・地域版でいいから広告代理店のような感覚や企画力を養って、そこで開発していき、「ウチだけでしかできない対応」を目指すのが肝要ではないかと思います。弊社でもユーザー会などの開催を通して、そうしたソフトサービスの価値や重要性などを提案し続けています。

また弊社は、『経営品質の向上』のために、オフセット枚葉機のコストの可視化・管理といった点が重要なポイントであると思い対応しております。そこで数年前より、KHS-AIという弊社の印刷機に搭載されているシステムに蓄積された稼働データを分析し、お客様の機械稼働のボトルネック探しのサポートサービスを実施しております。

最後に、私自身への戒めでもあるのですが、過去の成功体験を引きずらずに、しっかりと前を向いて、自分自身や自社の強みを見極めて、大胆に行動できるかどうかが、勝負じゃないかと思います。要は、自分自身との戦いと心得て行動することが大事ではないでしょうか。