素晴らしき製本

第2回インタビュー 公益社団法人 日本広告制作協会(OAC) 理事長 鈴木 清文 様

--今回のインタビューは「紙製品、製本」の魅力についてお伺いしたいのですが。

今年の暦

最近いただいたものにこんな本があります。これは『北京青年報』の美術担当の記者の方からいただいた今年の暦なんですけどね「故宮博物館」の銘品が、1日1つ365日分全部写真で入っているんです。もう少し注意深く見ていただくとテーマがあって、今年は辰年なので全部「辰」に関するものなんです。お皿も置物も器も…すべて。おそらく辰年の今年だけでなく、毎年作っているはずです。ということは十二支全部が365日分ぐらいは悠々あると。やっぱりこういうものを見ると「参った、彼らはやっぱり余裕だよな」と思いつつ、やはり楽しいですよね。カレンダーだからといって手を抜いているわけではなく、上製本なんて凝った作りをしている。こういう形になると捨てずに取っておきたくなる。日本だとカレンダーは破いて捨てるというイメージですけど、こういう発想欲しいですよね。

--では、子供のころの本にまつわる思い出などありますか。

僕は本というと、思い出深いのはやっぱり「カバヤ文庫」ですよね。昭和27年から29年まで出ていたらしいんですけれど。カバヤキャラメルというのがあって、そのおまけの本で、世界名作全集みたいな形のものがあったんです。毎週1冊ずつ2年半ぐらいだし続けたのだから、たぶん200冊ちかくあるんでしょうね。

キャラメルを買って当たると1冊もらえたり、ためておいて50点ぐらいになると1冊もらえたりするんですね。それを楽しみに買っていたんです。僕はキリスト教の幼稚園に通っていて、毎週日曜学校に行っていたんですが、持って行く献金をごまかしてキャラメルを買っていたんです(笑)。そうしたらある日、それがたまたま大当たりをしてしまって、十何冊丸ごと当たってしまったんですよ。当たりの券を送ると本が送られて来るんだけど、献金をごまかしていたのがばれちゃうし、困っちゃいましてね、友達の名前を借りて友達の家に届くようにして、毎日友達の家に通ってむさぼるように読みましたよ。ちゃんとした本でね、世界の名作を子供用に読みやすく訳した本でした。1冊百二十何ページというぐらいで。ジュール・ヴェルヌ(フランスのSF小説家)のやつとかね。本当に世界中の有名な物語の抄訳で。あとから見ても本物というのはいいんですよね。僕は子どものときに体が弱くて、学校を休んでばかりいたので、ものすごい本の虫で、本を読むのがほんとに楽しみでしたね。

--本がとてもお好きとのことですが、どんなところが本のいいところだと思いますか。

そうですね、頭の中で自分の世界が広がっていくというのがいいですよ。映画を見たり、漫画を見たりするよりも、はるかに想像力をかきたてられる。病気で家にこもりがちな子どもとしては、とてもそういうものはよかったような気がしますね。

それから父が美術が好きだったので、古九谷とかいろいろな美術品の立派に装丁された何万円もする本が結構身の回りにあって、良く見ていました。子供のころにそういう体験をしているので、今でも古本屋に行くと思わず買ってしまうんですよね。

--最近は本、カタログ、その他紙媒体の電子化が進んできていますが、これについてはどう感じますか。

絶対に2つに分かれると思うんですよね。特に、速報性とか簡便性とかを求める場合は、やっぱりデジタルの世界へどんどん行ってしまうと思うんですけど、そうではないじっくり見たい、繰り返し見たい、大事にしたいというものは、本や印刷物としてちゃんと残っていくと思います。ただ問題なのは、職人さんがどんどんいなくなってしまうということ。印刷会社さんと話していて特に最近聞くのは、高級な美術書のようなものがほとんどなくなってきた…ということです。上質な美しい本を欲しいと思う人がいても、技術が継承されなければなくなってしまうんですよね。もちろん上質な印刷物を絶やさないためには、どうやってそれを売れるようにしていくかという問題もあると思うんですが…。

だけど、僕はあまり悲観的ではないんですよ。今、世の中で少子化だといって大騒ぎしているじゃないですか。少子化の裏返しは高齢者が増えるということであり、マーケットのほとんどは、子供のころから本の良さを理解している人の方が多くなるということではないですか。そうなると、逆に言えば本は売れるはずだよね。

しかし、もう大量ではない。それは本や印刷物だけでなく世の中に出回る商品が全部そうなってきていますよね。着物も昔はみんなが着ているものだったけど、いまはめちゃめちゃ高くなって残っていますよね。やっぱりきちんとした、良いものというものだけは、最後に残っていくんだと思うんですね。

そういう意味でいえば、製本業界の方々には、本当にちゃんと生き残っていってもらわないと困るし、それから悲観されているとしたら、マーケットを見誤っているのではないかと思うんですよね。工夫の仕方次第だと思うんですよ。

--「今ブームとなっている本を売る新しい形」

最近、お手伝いをした仕事の中に、代官山の蔦屋書店さんのお仕事があります。オープンから話題になっているし人気もある。いつもすごい人らしいですね。なぜみんな行くかというと、理由は非常にシンプルで、“楽しいから”なのです。基本的に代官山の蔦屋書店さんは、1960年代生まれの人たちを対象にして全国のアンテナショップとして出店したんですね。ものすごい金をかけてやっているんですけど、当初考えていた以上にお客さんの反応がよく、しかもターゲットと考えていなかった若い人たちも来ているんです。これまでの常識を覆す、既存の書店のイメージとはかけ離れた斬新な店なので、開店するまではいろいろ不安もあったようですが、開店してみるとその心配をよそに幅広い年代の人が来店し、自分たちが思ってもいなかったものが売れているらしいですよ。

--TSUTAYAさんは書店という見方で言うと「新興書店」。なぜ老舗の書店とかがやらないんでしょうね。

鈴木 清文 様

おっしゃるとおり。もしかしたら古くからその業界にいる人たちは、発想がプロダクトアウトで、お客さんが本当に何をもとめているかというのが分かっていないのかもしれないですね。

こうしてみると本というものについてのマーケットそのものは、工夫次第といういい例だと思いますよ。ただ、やはり昔ほど大量ではない。でもきちっと採算が取れるマーケティングをしながら、バランスのとれた価格とか利益率で、仕事ができる世界って絶対にあると思うんですね。TSUTAYAさんの社員の方も「ここはほとんど社長の道楽です」と言ってましたが、結果としてそうじゃなかった。ある意味で「当たり」だというのは、やっぱり道楽だけではなくて、社長さんがそういうことに非常に敏感な方なんだろうな…と。本当に世の中になくて、ものすごく大爆発するようなものって、多数決のマーケティングからは生まれないんでしょうね。

--東京都製本工業組合がOACの賛助会員になりもう3年くらいになりますね。

そうですね。一緒にハイチ支援のコラボレーションをさせていただいたり、OACの事業にもご協力いただいたり本当にありがたいと思っています。

特に、シナジー委員会のメンバーの皆さんの問題意識の高さに驚いています。「製本のひきだし」というwebサイトを作られたのもその問題意識の表れですよね。あれは面白いですよ。よくできている。OACのホームページからもリンクさせていますよ。これからもお互いに様々なコラボレーションができるといいですよね。

--「伝えることの大切さ」

うちの家内は、いま絵本を図書館で読んであげるというボランティアをやっているんですけどね。いまはみんなゲームやテレビばかりで、絵本なんて読み聞かせするなんて言っても来ないだろうといったら、そんなことはなくて、やっぱりみんなうれしがって来るようなんです。すごく面白いと、子供たちも乗ってくるし楽しみにしてくれるって。本は楽しいものだということは、子供はちゃんとわかるんです。だから、小さいうちにその楽しさを経験させないといけない。それこそ印刷、製本、広告、出版など関連する業界としてしっかりとやる必要があるかもしれないですよね。費用が発生するのなら、ボランティアとか協賛とか、スポンサーを募ってもいいし、いろいろな取組み方があると思いますね。この働きかけが、業界の将来に影響するのではないでしょうかね。親に対してもですが、子供たちに魅力を伝えていく必要があるでしょうね。

--これからは、本をはじめ紙製品の魅力を、紙を扱う人間が継続的に世の中に広めていくという
活動は必要になるでしょうね。

OACではついこの間、我々の環境を大事にする「クリボラ展」というものを、区立の中学校に持っていって、そこで展示をしながら、講師も派遣をして授業をしたり、一緒になってワークショップを開催したりしました。出前授業のようなものですね。そういうときに、製本の方たちにも参加していただいて、参加したみんなが描いたものを本にするというのを子どもたちに見せたり、ということができると思うんですよ。例えば1年間の中で何回か行くプログラムの中に一緒に入っていただくとか。

子供たちが当たり前に使っているものは、こうやってできているんだという、知っている世界の知らない部分を見せてあげると面白いと思うんですよね。印刷も製本も完成品は身近にあるのに、どうやって作られているのかはよく知られていない。そういうことを小さい子どもたちに体験してもらうというのは大切だと思うんですよね。そういう仕事があるということを伝えることもこれから必要ですしね。

--子供の頃に、アナログ(感動や発想の拡がりなど)を頭の中に刷り込んでおいて、
便利な道具としてデジタルを使うという視点を持たないと、デジタルに使われる大人になってはいけないですよね。

本当にそうです。やっぱり、いいものを先に覚えてしまえば、便利なものでもそれは便利なものであって、いいものではないということを分かるんですね。

今の人たちは、便利なことに追いかけられているように見える。だから、最初に便利なものではなく「いいもの」を見せておくべきなんです。子どものころの経験が、大人を作るわけですから。これから教科書が電子化になってしまったりしたら、ますますそういうことが必要になるでしょうね。

製本の皆さんと一緒に、ぜひ子供たちに伝えていきましょう。